ユニクロの最も図抜けた点は自己革新、すなわち自ら「会社を変える力」にある。常に過去の成功体験を否定し、冷静に自社の限界を見定め、企業の構造とパラダイムそのものを根底から作り変えてゆく強い意志とエネルギー、スピードが備わっている。ユニクロは少なくとも過去に4回、大きな変身を遂げた。1度目が1984年。2代目のYが35歳で社長に就任し、広島市内にユニクロ一号店を出店した時だ。ごく普通のメンズショップが、当時はまだ珍しかったセルフ方式の斬新なカジュアルショップに生まれ変わった。2度目は91年。社名を「小郡商事」からファーストリテイリングというコンセプチャルなものに改め、以降、怒涛のような多店舗出店に向かう。同社の言う「カジュアルショップからカジュアルチェーンへの脱皮」である。3度目が98年の東京・原宿店出店と、大々的なフリースキャンペーンを開始した時。その後、ユニクロの大ブームが到来し、一躍全国区へ駆け上っていったのは記憶に新しい。そして4度目。05年のYの社長復帰と、持ち株会社への移行だ。この時点でYは、改めて「世界のユニクロ」官言と、「2010年グループ売上1兆円」の公約を行っている。すなわち同社は、それぞれの節目で全く事業構造の違う会社に脱皮することで過去への安住姿勢を断ち切り、一貫した成長を維持してきたのである。もっとも、こう記すのは簡単だが、実際にこれほど難しい企業行動はないだろう。成功すれば誰もが保守的になる。成功の度合いが大きければ大きいほど、従来のサクセスパターンを崩す難度は高まる。しかしトップのYは、事もなげにそれを何度も繰り返すのだ。国内最大手の1部上場アパレル企業に上り詰めてなお、Yは拡大への手綱を決してゆるめない。逆に一段とそれが強まっているように見える。この常人離れした、飽くなき成長への執念、そしてそれに伴う「創造的破壊」ともいうべき強烈な経営が、ユニクロを引っ張り、かつ支えていることに変わりはない。