日本の知的水準が低い背景には、「知的水準が高いのが偉い」とする暗黙の前提が日本の社会にあることを意味している。もちろん、知的水準の中身については、記憶力に重点が置かれるのか独創性や分析力に重点が置かれるのか、といった違いはあるにしても、「知的水準が高いほうが偉い」とすることそれ自体はまったく揺るぎのないものとなっている。教育においてもしかりである。教育は社会の鏡でもあるから、日本の教育はやはり「知的水準が高いほうが偉い」という価値観に貫かれている。ところで、人は誰でもプライド(自尊感情)を持っている。日本のような「知的水準が高いほうが偉い」とする価値観が強固な国では、知性が低いと見なされることはたとえそれが事実であっても、否むしろ事実であればあるほど、この自尊感情が耐え難いほど傷つけられる運命にある。誰だって、プライドが傷つくのは嫌だから、少しでも高い教育を受けて、知的水準が低いと見なされるのを避けようとする。こうした心理を無視して、単に経済的な得失だけで日本の進学競争を見ようとするから失敗するのだ。
【参考記事】
http://www.agwaycoop.net/menu2/jidmmw13203.html